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雑誌会 (191120) の解答

雑誌会 (191120) の解答

Well-Defined Silica-Supported Tungsten(IV)−Oxo Complex: Olefin Metathesis Activity, Initiation, and Role of Brønsted Acid Sites 

abstract

 本論文の実験は、大きく分けて2つの目標を以て行われた。1つ目は、既にメタセシス活性を有していることが明らかにされているタングステン錯体を表面にシラノール基が生えているシリカに担持することで、反応活性を向上させることである。2つ目は、担持によって錯体が二量体になり、失活することを防ぐことでどのようなメカニズムでメタセシス反応が進行しているのか解明しようとしたことである。
 シリカに対して加熱処理することでシリカ表面のシラノール基密度を制御するといった興味深い操作も記載されており、私の研究にも応用できそうな内容だった。

Q1. シラノール基 (シリカ表面のヒドロキシ基) の定量測定はどのように行っている?

 論文中には定量法についての記述は見られなかったが、日本アエロジル (株) 営業部 小澤匠吾氏より頂いた資料によると、「圧力 15mmHg以下、温度120 ℃で3時間乾燥した後、LiAlH4と反応させる方法」が正確かつ簡易であるらしい。
本論文の補足資料を見ていただくと分かることであるが、本論文中にて使用されているSiO2-x (正確には、AEROSIL®200) は乾式シリカという分類のであり、多孔質ではなく、表面にシラノール基が突出している構造をしている。
 また、AEROSIL®200という名前から容易に推測できると思われるが、日本アエロジル (株) は本論文にて扱われているAEROSIL®200を日本にて販売しておられる企業である。従って、上記のシラノール基定量法を本論文の著者たちも行っていた可能性は大いにあると考えられる。

 さらに、本投稿のためにシラノール定量の方法に関して調査していた際、新たなシリカ表面シラノール基の定量分析に関する記事が2か月ほど前に発表されていることに気が付いた。この記事によると、従来のシラノール定量法と比較して非常に有用であるらしい。

Q2. スライド p.10 のconv. 50%は何を意味しているのか?

 そもそも、conv. はconversion すなわち転化率のことである。
具体的に言うと、反応による生成物の物質量を最初に加えた原料基質の物質量で割り、100をかけることで%表記にした値である。この数値は、「原料基質が反応によってどの程度生成物へと変化 (転化) したのか」を表している。つまり、この数値が大きい程、より効率的に原料基質から生成物を得ることが出来ているわけである。
 スライド p.10 のconv. 50%の意味するところは、原料基質の半分が反応を通して生成物になったということだ。この事実より最初に受ける印象は、「原料基質の半分しか生成物になっていないのか、たいしたことないな」であろう。確かに、数値のみを見ればそう思うに違いない。しかし、反応スキームを考慮したならば、この考え方が大いに間違っていることが分かるにちがいない。



Scheme 1. cis-4-nonene のオレフィンメタセシス反応

 上記スキームを見ていただきたい。このスキームによるとcis-4-noneneのオレフィンメタセシスは不均化反応である。セルフメタセシス反応、すなわち同一原料基質同士でのメタセシスでは当然であるが、生成物は2種類 (立体異性体が存在する場合はさらに多い種類)となる。

Table 1. 触媒を用いたcis-4-noneneのオレフィンメタセシス反応の結果 

基本的にオレフィンメタセシスという反応は平衡反応である。これは、オレフィンメタセシス触媒がオレフィンの二重結合に対して非常に高い反応選択性を有しているからである。Table 1.より、触媒3を用いたセルフメタセシス反応は2時間で平衡状態になったことが分かる。
 ちなみに、工業的にオレフィンメタセシスを行う際には反応系中から生成物を除去することで平衡を生成物側に傾け、生成物を効率的に獲得するという目的を達成している。また、オレフィンメタセシスの副生成物が気体 (e.g. エチレン) の場合、系中から自発的に除去されるため、平衡が生成物側に偏り、目的が達成される。
 以上より、上記のスキーム並びにオレフィンメタセシスに関する基本事項を考慮すると、反応に使用される原料基質の量と反応により生成した生成物の量は等価であることから、転化率は理想的には50%になる。ここで、Table 1. で転化率が51%になっている理由を正確な根拠を以て説明するためには、具体的なエントロピー及びエンタルピーの数値が必要である。残念ながら、これらの数値は現時点で不明なため、確証を以て転化率51%の謎を解明できない。判明し次第、本投稿に原因に関する記述を付け加えたい。

Q3. 担持していないタングステン錯体 (F6) のオレフィンメタセシスにおける反応効率は?

 質問における”反応効率”という用語が転化率を意味しているのならば、11月20日に雑誌会にて私が発表したスライドのp.12~13にて担持タングステン触媒との対照実験としてデータを示している。
 質問における”反応効率”という用語が反応速度を意味しているのならば、まず、本論文が定義している反応速度についての理解が必要であろう。



上の画像は本論文の補足資料より引用してきた。
この画像によると、メタセシスの反応速度は「転化率が20%になるまでに生成した生成物の物質量を添加した触媒の物質量及び転化率が20%になるまでにかかった時間で割った値」のことである。従って、当然ながら反応初速ではなく、実際に反応系中での反応速度を意味しているわけでもない。あくまで原料基質のうち20%が生成物になるまでにどれだけの時間がかかったのかを示しているに過ぎない。ただ、この″メタセシスの反応速度″によって転化率20%に至るまでの速さが分かるため、反応効率の良し悪しの判別は可能であろう。

Q4.スライド p.13における反応ではどのような反応容器を使用したのか?

 メタセシス反応の転化率が平衡状態を示していることより、反応系は閉鎖系である。また、本論文の補足資料にconical-base vialにて反応を行ったことが示されていた。

Q5. シリカとタングステン錯体 F6との結合様式はどのようになっているのか?

 シリカとF6との結合は物理吸着ではなく化学的結合によってなされているものと論文の著者たちは考えているようである。以下に彼らがそのように考えるに至った根拠を示す。

Table 2. シリカの種類と担持により生成するHOtBuF6および溶液中に存在するピリジンの量

Table 2. より、焼成の温度によってシリカ表面のシラノール基の数を制御できるということは、私のスライド発表ですでに説明した通りである。今回注目すべきは、表中のHOtBuF6に関する部分である。もし仮にすべてのタングステン錯体 F6がシリカに担持したとしたならば、表中のHOtBuF6の数値は全て1になるはずである。Table 2. より、おおよそ1に近い数値であるため、ほとんどのタングステン錯体F6がシリカに担持していると考えられる。また、SiO2-200およびSiO2-500において表中のHOtBuF6の数値が1以下になっている理由を本論文の著者たちはタングステン錯体F6の二量化によるものと考えている。しかし私個人としては、SiO2-200およびSiO2-500において表中のHOtBuF6の数値が1以下になっている理由として、二量化だけでなく、ファンデルワールス力による物理吸着も挙げることが出来るのではないかと考えている。
 ちなみに、Table 2.のFree pyridineの列の数値がすべて0であることより、タングステン錯体F6のシリカへの担持はピリジンとの配位子交換に起因したものではないことは明らかである。

Q6. タングステン錯体 F6はどのっように合成しているのか?

 タングステン錯体 F6 の合成スキームを以下に示す。
Scheme 2. F6の合成スキーム


タングステン錯体F6を合成するにあたってまず錯体1aを合成しなければならない。以下に錯体1aおよびF6の具体的な合成スキームをScheme 3.とScheme 4.に示す。


Scheme 3. 錯体1aの具体的な合成スキーム

Scheme 3. 錯体1aの具体的な合成スキーム


Q7. SQ-DQ MAS NMR spectrum の見方

Figure 1. SQ-DQ MAS NMR Spectrumの例

 Figure 1. は、雑誌会にて私が発表したスライドのp.15に載せたデータである。
考えるまでもなく、このデータは2次元NMRである。また、‶SQ-DQ MAS NMR″という用語の″SQ-DQ″部分がFigure 2.の横軸および縦軸を見ていただくと、2次元NMRのデータにおける何らかの尺度を意味していることも分かる。具体的な説明は後述する。
 次に、‶MAS″部分の意味であるが、これは2次元NMRならではの用語ではない。この用語は固体NMR由来の用語である。MASは、マジック角回転を意味する Magic Angle Spinning の略語である。マジック角なんて聞くと酷く難儀に聞こえるが、実際のところマジック角というのは54.7 °というただの角度である。そのような角度が一体NMRと何の関係にあるのか知るためには、固体NMRの特性ならびにデメリットを知る必要がある。
 そもそもNMRの観測量には異方性があるため、NMRで観測される共鳴周波数は核スピンと静磁場間の角度によって変化する。結果、単結晶を磁場中に置くと全ての原子核が同じNMR共鳴周波数を示し、単結晶の向きを変えるとそれに応じて共鳴周波数の値も変化する。これは、単結晶を構成する原子がすべて同じ向きを向いていることに起因する。
 次に、一般に広く使用されている液体NMRについて考えるとする。液体中では分子は様々な方向を向いており、同時に高速でランダムな回転運動をしている。NMRの共鳴周波数は上述の単結晶の場合と同様に分子の方向によって変化しているわけだが、運動が非常に高速であるため、平均化されて見かけ上ある1つの共鳴周波数しか持たないように見える。以上より、液体NMRでは、先鋭化したスペクトルを得ることが出来る。 
 続いて、固体に対して液体と同様のNMR測定を行ったとする。固体が粉末試料の場合、粉末試料は小さな単結晶試料がランダムな方向を向いたものと見なすことができる。上で触れたように単結晶試料は向きによって異なる NMR共鳴周波数を示す。そのために粉末試料のNMRスペクトルは さまざまな共鳴線が重なり合って幅広の特異的な形を示すようになり、 観測しても何がなんだかわからないスペクトルになってしまう。
 以上より、そのままでは固体に対してNMR測定できないことが分かった。ここで問題になっているのが、上述の通り、液体と違って固体の運動が不確定性を帯びていないことである。では、固体も液体のように高速でランダムな運動をするように操作すればNMR測定できるようになるわけであるが、現在の人智ではそこまでの操作は不可能である。そこで
ランダムは無理にしても、方向依存性だけでも消せればNMRスペクトルは先鋭化できる。以上を踏まえて考案されたのがMAS NMRである。マジック角 (MA) は、直方体の一番遠い頂点を結んだ方向であり、試料をこの方向で回転すれば原子の向きが平均化され、異方性を取り除くことが出来ることは想像に難くない。
 長々と固体NMRについて説明してきたわけであるが、SQ-DQ NMR spectrumの見方について説明していきたい。

Figure 2. 2次元NMRの模式図 

Figure 2.の横軸 (SQ Dimension) は1次元のNMRの横軸に一致している。次に、対称軸に乗っているプロット (黒丸) は1次元NMRのプロットに一致している。この黒丸プロットを体格信号という。問題は対称軸に乗っていないプロット (白丸) である。白丸プロットは、相関信号/交差信号といい、スピンのつながりに由来するシグナルである。Figure 2.を例にすると、灰色の線分で連結している白点と黒点が相互関係にあるシグナルを意味しており、灰色の線分で連結していない白点は相互作用しあう元素が存在していないことを意味している。仮に縦軸と横軸が共にプロトンの化学シフトであるNMRの場合、灰色の線分と結合している白点は、水素原子同士で相互作用があるプロトンのシグナルを意味し、灰色の線分と結合していない白点は、水素原子同士で相互作用がないプロトンのシグナルを意味する(Figure 3) 。後者の例としてヒドロキシ基の水素原子をFigure 3.では挙げている。

Figure 3. Figure 2.上の白点に関する説明


SQ-DQ NMRについての参考文献として、JEOL主催のNMR講習にていただいた「二次元NMRの基礎と測定パラメータ」を参考にした。また、SQ-DQ NMRに関して、いくつかの論文に目を通したが、通常の2次元NMRとの差異を見出すことが出来なかった。通常の2次元NMRとSQ-DQ NMRとの違いに気づいた方がいらしたら、ぜひご教示願いたい。

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