スキップしてメイン コンテンツに移動

A low-spin Fe(iii) complex with 100-ps ligand- to-metal charge transfer photoluminescence

Authors: Pavel Chábera, Yizhu Liu, Om Prakash, Erling Thyrhaug, Amal El Nahhas, Alireza Honarfar, Sofia Essén, Lisa A. Fredin, Tobias C. B. Harlang, Kasper S. Kjær, Karsten Handrup, Fredric Ericson, Hideyuki Tatsuno, Kelsey Morgan, Joachim Schnadt, Lennart Häggström, Tore Ericsson, Adam Sobkowiak, Sven Lidin, Ping Huang, Stenbjörn Styring, Jens Uhlig, Jesper Bendix, Reiner Lomoth, Villy Sundström, Petter Persson & Kenneth Wärnmark

Nature 543, 695–699 (30 March 2017) doi:10.1038/nature21430
Received 03 August 2016 Accepted 23 January 2017 Published online 29 March 2017

https://www.nature.com/nature/journal/v543/n7647/pdf/nature21430.pdf

解説記事:Making iron glow


蛍光を発する鉄(III)錯体ができたというNatureの論文です。

だからなんだよ?と思うかもしれませんが、鉄の錯体を光らせることは非常に難しいとされてきました。
ルテニウム(II)やイリジウム(III)といった第五、第六周期の遷移金属錯体では、高い発光量子収率をもった(より、効率的に光る)錯体が数多く知られています。
一方で、配位子場分裂がルテニウムなどと比べて小さな鉄錯体では、MLCT励起で生成した電子配置と、鉄のtg電子が一つだけegへと励起した電子配置が近いため、非常に早く電子が鉄へと戻ってきてしまうためですAnal.Chem.63,829A–837A (1991))(下図)。



鉄は最も豊富な元素の一つで、安価であるため、鉄錯体でルテニウム錯体と同等の発光効率や光化学的な特性(長寿命な励起状態)を持つものを作ることができれば、錯体分子のデザイン性の高さと組み合わせて、広範な光の関与する材料設計にインパクトを与えることが期待されます。

これまで、鉄錯体の励起寿命が極端に短く(熱緩和してしまう)、光らないことを解決するため、配位子場分裂をより大きくするべく、以下のようなアプローチが取られてきました。

1. 電子供与性の高い配位子を与える。
2. π受容性の高い配位子を与える。
3. できるだけ、正八面体に近い構造を与える。
(4. かっちりした構造を与えて、熱的な失活経路を抑える)

1.で eg軌道を不安定化すると同時に、2.でtgを安定化します。これを両立させることの可能な配位子系として、NHC(N-heterocyclic carbene)と呼ばれる配位子が近年好んで使われてきました。さらに3にも気を使ってやることで、1. 2.の効果を最大化することができます。

このようなアプローチでの錯体設計も、そこそこ功を奏してきましたが、今回、新規に合成された錯体では、鉄(II)ではなく、鉄(III)を使うことで、長寿命(100 ps)な励起状態およびそこからの発光を得ることに成功しております。
上掲の錯体も、NHCの二座配位子を三つ持たせることで、整った正八面体構造を金属中心に与えています(おそらく、光る二価錯体をはじめは目指していたのでしょう)。大きな配位子場のため、鉄(III)中心はロースピンの電子配置となっており、LMCT励起では、配位子から鉄へと電子が移動して、ここでもロースピンのFe(II)になると予測されています。

電子供与性が極めて高いNHC配位子を持たせることで、これによってでLMCTによって、egに電子が入った電子配置を防ぎ、効率的にtgに電子が入ったロースピン配置ができたのではないかと、筆者らは考察しています。

[ここで、第一励起状態も基底状態とおなじ二重項状態であり、構造変化が極めて小さいため、他のスピン状態への失活が抑えられています。四重項や六重項に、項交交差すると、熱的な過程で容易に基底状態へと戻ることが、図2Cから読み取れます。]

この錯体は558nmあたりの光を吸収することで、LMCT遷移が起こり、600nmの蛍光が得られるそうです。量子収率は室温で0.3%程度と、著しく高いものではありませんが、鉄でこの発光効率はびっくりするものだということです。蛍光寿命は、従来の鉄錯体とくらべて1000倍程度になっており、極めて小さいストークスシフト幅(=エネルギーロスが小さい)も、発光材料としては魅力的です。

また、二重項分子は光らないというのは光化学をする方の間では半ば常識のようにいわれている(たしかそうです)ことです。半ば経験則で、なにも科学的な根拠があるはなしではないと思いますが、今回の分子では二重項分子が光っていることも、マニアックではありますが面白いポイントでしょう。

錯体分子の機能を最大限に引き出すために、電子供与性のチューニングによってレドックスポテンシャルを制御するだけでなく、配位子場分裂の大きさを設計する、というコンセプトは我々も学ぶところがあるかと思います。


コメント

人気の投稿

雑誌会(200115)回答_藤田

Ligand Redox Noninnocence in  [Co III (TAML)] 0/–   Complexes Affects Nitrene Formation Nicolaas P. van Leest, Martijn A. Tepaske, Jean-Pierre H. Oudsen,  Bas Venderbosch, Niels R. Rietdijk, Maxime A. Siegler, Moniek Tromp, Jarl Ivar van der Vlugt, and Bas de Bruin DOI: 10.1021/jacs.9b11715 J . Am. Chem. Soc. ASAP 訂正 雑誌会スライド8、9枚目の [Co III (TAML sq )] – の有効磁気モーメントの数値が [Co III (TAML red )] – のものになっていましたので、訂正致します。 誤: µ eff = 2.94  µ B ( S  =1/2) 正: µ eff =  1.88  µ B  ( S  =1/2) Evans 法 NMR によって常磁性化合物の磁化率を求める方法。以下の式1– 5によって磁化率、有効磁気モーメントおよびスピン量子数 S が得られる。 以下は Supporting Information の記述である。 1.      常磁性種、内部標準を含んだ溶液を入れた NMR チューブの中に、内部標準だけを含んだ溶液を入れたキャピラリーを入れ、 NMR を測定する。 2.      内部標準のピークのシフト幅 Δν から磁化率 χ (cm 3 g -1 )を 計算する(式1)。 1 (ν 0 :  共鳴周波数、 c : 常磁性種の濃度、 M :  常磁性種のモル質量 ) 3.      磁化率 χ に M を 掛けること で、モル磁化率 χ M (cm 3 mol -1 )を 計算する(式2)。 4.      χ M から反磁性種のモル磁化率 χ Dia M を差し引いて常磁性種の正味のモル磁化率 χ P M を計算する(式3) 2 。 5.      得られた χ P M を式4に代入して有効磁気モーメントを

Investigating the Underappreciated Hydrolytic Instability of 1,8-Diazabicyclo[5.4.0]undec-7-ene and Related Unsaturated Nitrogenous Bases

https://pubs.acs.org/doi/pdf/10.1021/acs.oprd.9b00187?rand=gzylk8tq Alan M. Hyde, Ralph Calabria, Rebecca Arvary, Xiao Wang, Artis Klapars Department of Process Research & Development, MRL, Merck & Co., Inc. United States Org. Process Res. Dev. 2019, ASAP メルクの社員さんの論文です。DBUなどのアミジン、あるいはグアニジン構造を持った塩基が、ゆっくりと加水分解していることを報告しています。薬の研究中にそれに気付いて、ちゃんと報告せねばならんと思ったと書いてあります(偉い人たちですね)。 上の表の塩基について実験しています。微量の水から水酸化物イオンが出て、それにより加水分解が始まるので、たとえば水溶液にしたときに、pHが11.6以下なら分解しないそうです。 TBDという塩基、DBUより強いので、使ってみても良さそうですね。

Tetrakis[3,5-bis(pentafluorosulfanyl)phenyl]borate: A Weakly Coordinating Anion Probed in Polymerization Catalysis

Daniel Langford, Inigo Göttker-Schnetmann, Florian P. Wimmer, Larissa A. Casper, Philip Kenyon, Rainer F. Winter, Stefan Mecking* Publication Date:July 3, 2019 https://doi.org/10.1021/acs.organomet.9b00332 Copyright © 2019 American Chemical Society Organometallics の論文です。ニッケル触媒の仕事、というよりカウンターアニオンとして新たに合成された、ペンタフルオロスルファニル基(-SF6)を有するボレートが渋いので、紹介します。 近年、トリフルオロメチル基は高い電子求引性を有する置換基として大活躍していますが、同様に高い電子求引性を有するSF6基は、"スーパー"トリフルオロメチル基としての地位を確立しつつあるそうです。 我々のグループでもよく用いているテトラフェニルボレートアニオン(BPh4-)は、優れた対アニオンですが、酸化剤と反応してしまうこともあることが知られています。カーリンらのグループ?からは、フェニル基の3,5位に、電子求引性の高いCF3を導入した錯体を用いると、活性種の安定性が大きく変わることを報告しているようです。このようなアニオンはBArFと呼ばれて親しまれています(下図左)。 本論文で著者らは、対応するグリニャール試薬とBCl3を反応させることで、下図右のカウンターアニオン、S-BArFを新たに合成しています。高い電子求引性による電荷の分散効果と、立体によるホウ素中心への攻撃の阻害が期待されます。 250°Cくらいまで、熱には安定なようです。筆者らは、ニッケル錯体の対アニオンとしてこのアニオンを利用したところ、重合触媒活性があがったと報告しています。ニッケル錯体と、対アニオンの相互作用が小さいこと、対アニオンの安定性が高いことなどの理由があると思います(このあたりはちゃんと読んでいません)。 計算したところ、HOMOの非局在化具合はBArF、S-BArFとあまり変わらない(それぞれ、92%、93%)ようですが、LUMOがS-BArFで

High-Energy-Resolution Fluorescence-Detected X‑ray Absorption of the Q Intermediate of Soluble Methane Monooxygenase

Rebeca G. Castillo,† Rahul Banerjee,‡ Caleb J. Allpress,§ Gregory T. Rohde,§ Eckhard Bill,† Lawrence Que, Jr.,*,§ John D. Lipscomb,*,‡ and Serena DeBeer*,† † Max Planck Institute for Chemical Energy Conversion, Stiftstrasse 34-36, D-45470 Mülheim an der Ruhr, Germany ‡ Department of Biochemistry, Molecular Biology, and Biophysics and § Department of Chemistry, University of Minnesota, Minneapolis, Minnesota 55455, United States http://pubs.acs.org/doi/10.1021/jacs.7b09560 HERFD XASを用いて、sMMOの活性部位の構造について議論しています。 まだ実験、計算が必要だが、オープンコアの構造を有していると著者らは述べています。