Dawei Di1,*, Alexander S. Romanov2,*, Le Yang1,*, Johannes M. Richter1, Jasmine P. H. Rivett1, Saul Jones1, Tudor H. Thomas1, Mojtaba Abdi Jalebi1, Richard H. Friend1, Mikko Linnolahti3,†, Manfred Bochmann2,†, Dan Credgington1,†
Science 14 Apr 2017:
Vol. 356, Issue 6334, pp. 159-163
DOI: 10.1126/science.aah4345
Science 14 Apr 2017:
Vol. 356, Issue 6334, pp. 159-163
DOI: 10.1126/science.aah4345
よく光る、金の錯体、銅の錯体(分子の合成はChem Communに既出)をつかって、LEDデバイスを作ったという論文です。
サイエンスになっている論文なので、発光効率自体はもちろんかなり高いようですが、分子運動と、発光が組み合わさっているというところが面白いので紹介します。
(話を理解する前提として、九大の安達千波矢 博士らが報告(Uoyama, H.; Goushi, K.; Shizu, K.; Nomura, H.; Adachi, C. Nature 2012, 492, 234.)してから近年非常に活発に研究が進められている、熱活性化遅延蛍光 [thermally activated delayed fluorescence (TADF) ]について少し理解が必要です[補遺]。)
この分子系では、電圧印加により生成する励起三重項状態(T1)と一重項状態(S1)のエネルギー準位が、非常に近接しています。DFT計算により、S1とT1の構造をそれぞれ求めると、図Aのように、それぞれカルベン配位子とジベンゾピロールの二面角が90ºちがうことがわかりました。
ELのデバイスでは電圧の引下により、分子の励起状態が生成します。このとき、一重項と三重項の状態が、1:3の割合で生成します。また、普通はT1のほうがS1より、エネルギー的には安定です。
基底状態(S0)が、電圧によって励起されてS1状態が生成すると(下図の右端の状態)、効率的に蛍光を発しながら基底状態へと戻ります(S1R → S0)。(25%)
T1が生成すると(下図の左端の状態)、S0への遷移(燐光過程 T1P → S0)はスピン禁制なので、なかなか発光しませんが、この分子の場合は自由度の高いジベンゾピロール配位子の回転運動をともなって、容易にS1Rへと交換交差ができるため、速やかに蛍光を発することができるということです。
この過程を実験的に証明するため、分子の運動を固体から溶液へと変えたときの蛍光波長の変化を追っています(図D)。分子運動が難しい、固体状態(powder)での蛍光は高エネルギーですが(c.a. 2.6 eV)、分子の運動がしやすくなるにつれて低エネルギーになっています。これをジベンゾピレン環の回転運動により、よりエネルギーの低いS1RがT1Pから効率的に生成するためだとしています。
一般的には(私の理解が正しければ)、高効率に発光する材料を作るには、励起状態の熱失活(振動緩和)を防ぐ必要があり、剛直な構造の分子設計が肝でした。
しかし、この論文ではよくデザインされた分子運動なら、熱失活を引き起こすことなく励起状態の振る舞いをコントロールしうるということが示されており、なかなかインパクトのある研究だと思います。
この回転モードのエネルギーが、振動と比べて小さいので熱失活のパスにはならないのかな、と予想します。
回転とカップルして量子状態が変わるというのはむっちゃ面白いと思うのですが、溶液の反応系でもうまく使えないでしょうか。
図Bを見ると、HOMOとLUMOが別の部位にあり、励起状態は電荷分離型の分子になっていることが予測されます。軌道が直交している場合、三重項が安定になる一方で、90ºねじれた配置だと電子とホールがオーバーラップして、スピンのカップリングが起こる、というような感じのことが書いてます。
蛇足ですが、熱活性化遅延蛍光は、重原子を極力使用せずに高効率発光材料を作りたいときに力を発揮する現象です。今回の系は、重たい金をつかっているので実用上はあんまりありがたくないです。サイエンスとしては超面白いと思います。
[補遺] 励起三重項状態(T1)から基底一重項状態(S0)への遷移にともなって燐光が、S1からS0の遷移にともない蛍光が出ます。電圧印加によってT1とS1は、3:1の比率でランダムに生成します。S1からS0の蛍光は、すんなりと進行するので蛍光はちゃっちゃと出ますが、燐光過程はスピン禁制遷移なので、発光効率が上がりにくいという問題がありました(光る前に熱失活する)。燐光が上手くでないと、励起状態生成につかったエネルギーの3/4(75%)を熱にしてしまうわけですから、ここは発光材料屋にとって、死活問題なわけです。
燐光効率を上げる戦略の一つとして、重原子効果(思い原子ではスピン量子数と軌道角運動量が混ざってきて、多重項状態の区別が曖昧になる)を利用するため、Irなどの貴金属をつかうというアプローチが一般的でした。
これを解決しうる、新しい発光過程が熱活性化遅延蛍光で、T1にある分子を熱励起によってS1へと項間交差させて、スピン許容の蛍光過程に持ち込むものです。熱励起でT1をS1にすることが必要なので、分子を上手くデザインしてT1とS1を近接させることが肝になります。
(一般に、S1よりT1の方がエネルギーが低いため、この分子設計も簡単なものではありません。)
安達らは、軽元素のみからなる有機分子でも、この概念に立脚した分子設計を行うことで良好な量子収率を得られることを、上掲の論文で提唱しました。
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