質問番号3,11,12に対して回答します。
Q3. Ti−アルキリジン錯体はメタンと反応するくらい不安定か
A3. 配位不飽和(空いた配位座がある)で多重結合をもつ前周期遷移金属錯体は、図1に示したような遷移状態を経て協奏的に炭素-水素間結合を切断すると考えられている(1,2-付加)。C−H結合の1,2-付加による活性化は協奏的メタル化−脱プロトン(Concerted Metalation−Deprotonation:CMD)機構によるC−H活性化の一種として考えることができる。
C−H結合のσ結合がルイス酸である遷移金属(ここでは4価チタン)と相互作用し、金属の隣の求核性カルベン炭素が塩基性点として働くことでHは形式的にプロトンとしてカルベン炭素と結合し、アルキル基は金属へ形式的にカルボアニオンとして配位する(図1)。
図1
金属オキシルラジカルによる水素原子引き抜き反応では(切断する基質のC−H結合のBDE)と(生成するO−H結合のBDE)の大小を比較するのに対して(図2a)、今回の1,2−付加反応では(基質のC−H結合のBDE + Ti−C結合のBDE)と(新しく生成する金属-炭素結合のBDE + カルベン炭素-水素間のBDE)の大小を比較する必要がある(図2b)。
図2
Q11. キサントンとチオキサントンの還元電位の差
A11. アセトニトリル中で
キサントン: −1.76 V (vs SCE),
チオキサントン: −1.96 V (vs Ag/0.1 M Ag+ in CH3CN)
SCE基準に直すと
チオキサントン:-1.46 V
電位差は0.30 V (⊿G = 6.92 kcal/mol)
Q12. 硫黄原子がチオキサントンのLUMOを下げる理由
A12. 論文中には、硫黄原子は酸素原子に比べて分極しやすいためチオキサンテンの方が還元体を安定化するのではないかと書かれていました。
硫黄原子のπ結合性の3p軌道の方が酸素原子の2p軌道よりもエネルギーが高く、チオキサントンのπ*軌道に占める割合が高くなることでπ共役が広がり、LUMOのエネルギーが下がるのではないかと思いましたが、確かなことはよくわかりません。
補足
レドックス活性配位子について
レドックス活性配位子とは酸化還元反応に関与することができる配位子である。π共役系をもつ有機分子が多い(例:ポルフィリン、ビピリジン、カテコールなど)。レドックス活性配位子をもつ金属錯体は、金属中心に加えて配位子自身が電子の授受を行うことができるため、配位子がレドックスしない遷移金属錯体には見られないような反応挙動を示すことがある。レドックス活性配位子には電子受容体として働くもの、電子供与体として働くもの、反応中心として働くものなど様々なパターンがある。
以下に総説を示す。
- Inorg. Chem., 2011, 50, 9752−9765 (レドックス活性配位子全般)
- ACS. Catal., 2012, 2, 270−279 (レドックス活性配位子の反応における役割)
- Daiton. Trans., 2013, 42, 3751−3766 (前周期遷移金属錯体とレドックス活性配位子)
- Chem. Soc. Rev., 2013, 42, 1440−1459 (レドックス活性配位子が関与する触媒反応)
- Chem. Soc. Rev., 2015, 44, 6886−6915 (カテコール系配位子を持つ錯体の反応)
アルキリデン錯体
Schrock型カルベン錯体ともいう。前周期遷移金属錯体(4-6族)に多い。カルベン炭素は求核性を示し、金属−炭素間に二重結合をもつ。金属-炭素間結合はMd+=Cd−に分極しているため、リンイリドに類似の反応性を示すことがある。今回の論文でカルボニル基を持つ基質に対してWittig反応に類似の反応性を示したのもその一例である。
多重結合をもつ配位不飽和な前周期遷移金属錯体が示す反応性について
Beilstein
J. Org. Chem., 2012, 8, 1554−1563
Chem.
Commun., 2018,
ASAP (DOI: 10.1039/c8cc0219h)
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